ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
『旅する男の物語』 【2】カリビアンブルーの風に吹かれて

     ――ある夜、T氏が語った

 

2 カリビアンブルーの風に吹かれて

 

〈わたしは北の小さな村の族長、勇敢だと言われた男の息子である 森が 町が どうしてこんなに静けさを増してゆくのかわからない  降り注ぐトナチィゥの数え切れない黄金の腕と 空(カン)を渡ってゆく月と星よ 信じがたいことだが どうたらわたしは あたたかい血を滴らせた 一個の首であるらしい あのペロタが始まるとともに 聖なる球を追いかけては蹴り 隣村の若者たちと競ったのだったが 夜になれば灯りが灯され 夜が明ければ陽が照りつけ それが果てしなく続くとも思われ 汗が涙のように頬を流れ そのうち駆け回るわたしたちの力も尽き果ててゆき とうとうあの硬いゴムの球をわたしは地面に落としてしまった それというのも 三日目の日の出とともに見上げた球技場の四角い空 羽ばたいてゆく一羽のケッツアルの瑠璃色に耀く尾羽根が 明けて行く空にゆらゆらと吸込まれてゆき その時 ジャガーの黒い口がかっとわたしに向かって牙を剥いたのだとも思われ 聖なる球はわたしの頭の上を掠め去っていったのだ 雷(いかずち)のように 周りで湧き上がる 隣村の勝利を祝う喚声 勇敢なる長の息子であったわたしは  そうしてツォンバントリの棚の上で首だけとなって 大地に赤い血を滴らせているのであるが 白い花となったわたしの魂はあれからどこにいったのか 深い森をめぐる風よ 柔らかなケッツアルの羽となって 懐かしい人々の夢の中で羽ばたいておくれ そして旅立っていった白い花の行く末を わたしの代わりに見届けておくれ〉

 

カリビアンブルーの風に吹かれて

木の下のハンモックが揺れている

ソーダ水のように透き通ってゆく空と海の果てから

白い髑髏が

ゆっくりと語り出してゆくような

そんな午後である

| 未刊詩集 | 09:13 | - | trackbacks(0)
『旅する男の物語』(1)切り立つ岩の上の踊る壁画――タッシリー・ナジュール行

  ――ある夜 H氏が語った。

 

1 切り立つ岩の上の踊る壁画

         ――タッシリー・ナジュール行

 

その旅は一冊の本から始まった

あるいは本の中の数枚の写真で見た

岩壁に描かれた牛や人 海月や樹の絵から

それは 家族や生き物との人々の暮らしであり

よろこびであるとともに

眼に見ないものへのおそれのようでもあった

偶然手にしたそれらの絵にあらがいがたく吸い寄せられるままに

男は巨大な砂漠の深みへと進んでいった

えいえんのような乾いた風と灼熱の時間のあと

うねる大地は朱く染まり

夜ともなれば月と星が眼差しを冷やしていった

そうして サハラ砂漠の真ん中

切り立つ岩の台地の上に

男はようやく辿り着いたのだ

かつて緑豊かであった地面はむき出しとなり

乾いた川底が亀裂のように縦横に走る

奇怪な岩の森に

(そこでは夢の中で目覚めるように時間が過ぎていった

 幾億の星々が降り注ぐ夜の底では

 黒い肌の男が吹く横笛は一本の糸杉のように響き

 風のうねりとともに 岩の肌を這いあがっていった)

男はそうやって

巨大な台地の岩の森を彷徨い

八千年ものあいだ刻まれ続けてきたという

壁画の群れと出会ったのだ

それはレイヨウであり サルやキリンや象たち

そして狩りをし 耕し 戦う人々

踊り 交わって産む人であり

「白い巨人」でもあった

 

この島の

波止場の石段から見つめる海の その向こうに

それらは本当にあったのだろうか

自分は百五歳だと語ったトゥアレグ族の長ジャブランは

いまもまだあの大地を旅しているのだろうか

男はときおり

部屋に無造作に置かれた

木や布でできたかの地の様々な仮面を眺める

男がたどる温かな夢のかけらのような

それら面の一つ一つを手に取り 指でなぞる

そして時間の裂け目から聞こえてくるような

あれらの不思議な響きの言葉を呟いてみる

 

砂漠に切り立つ台地の深い静けさの上では

一匹のカメレオンが身をくねらせている

遠い星空に

湧き出る泉のような線や形たちがみちてゆく

 

 

 

 

 

 

 

| 未刊詩集 | 14:48 | - | trackbacks(0)