ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
未刊詩集『白へのオード』 むらさきの時【1】

『白へのオード』  十四の散文詩と四つの断章

 

むらさきの時 (1)

 

そしてそれから彼女は、いくつかのむらさきの時に出会った。

あるときは、晴れ渡った十二月の空のどこかに散らばっていたむらさきの粒子が、川面に落とした影のようであり、あるときは、棚引く灰色の雲の群れが微かに抱いていたその色が、水に映しとられてゆくようでもあった。西空に浮かんだ光束の割れ目から、それは茜色とともに斜めに射し込んでくるくるのだとも思われ、そうかといえば、見上げた空そのものが、一輪の薔薇のように、一面うすむらさきに染まっているのであった。

(その時は、いったいいつ来るのか)

せせらぎの流れる澄んだ川面が、艶やかにむらさき色に染まってゆく、ひと時。

あれから彼女はいくつものむらさきの時に出会った。季節は秋から冬へと移ろい、川を流れてゆくのは、もはや赤や黄色に燃えていた落葉ではなく、凍るような冷たさだけだった。

(陽の沈んでいったあとの

 空の名残りの照りが むらさき

 夕焼けの映えのあとの

 押し迫る夕闇とのはざまの 静けさが)

ある日、朧気ながら、彼女はそのむらさきの時を自分の眼差しの中で摑みかけたような気がした。しかし、日々の空が、異なった面差しで刻々と開かれてゆくように、摑まえていたはずのそれは、見つめる瞳の向こうで夕べごとにすり抜けてゆく。

見つめ続けたそのどれとも違う、それは二度と繰り返されることのない一つの時であったことに、彼女が気づいたのは、痛みのような時の重なりのあとのことであった。

 

 

 

| 未刊詩集 | 12:22 | - | -