ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
バウル
   その日西川沿いの古い教会には異教の香が漂っていた
バウル
――狂人 風 そして導く人
寺院が踊っていた
(肉体を 寺院として)
素足で踏み鳴らされる鈴のリズム
打ち鳴らされるコルドゥギ アナンダホリ
踊りながら すでに歌は始まっていた
爪弾かれるエクターラ
彼の口には歌があり 彼の眼には怒りがあった
(それは 問いかけていた)
あらゆる神に仕えている彼ら
束ねていた灰色の髪を振り乱し
わずかに纏った朱の布からむき出しにされた足と腕
彼の顔は夜の太陽を思わせた
深い彫りの底に射るような眼が光っていた
腕は 斑な色のままに何かを語っていた
バウルが踊っていた
踊りは歌であり 歌は祈り
椅子の上でかしこまった静かさの前でさえ
彼らはそのように振舞うことができた
――風はどこへでも どこまでも吹いてゆく
  これまでもそうであったように
  そのままに
  風であること
彼のそばにいた彼女
彼女も彼のように歌い 舞っていた
生まれた国にいながら 異邦人のように
彼女はわたしではなかった
けれど彼女〔信頼〕は
その声の中に
彼に向けられた眼差し しなやかな舞いのうちに
はっきりと読み取ることができた
ときに激しく
ときにゆるやかに
揺れる彼の開かれた寺院――体の
降りそそぐ声の雨のなかで
祈りが 言葉が 神が
波立ち 泡立ち 燃え上がっていった
わたしはそれを見た
わたしはそれを聴いた
射し込める朱の陽射しの中で
波打つ体は忘れられていた眼であり
眠っていた耳だった
椅子から立ち上がり
人々が叫んだ
「もっと もっと バウル!」
そのとき 〔神〕は満ち足りて 腕を下した
彼とともに 疲れに身をまかせて
(壁に掲げられたクロスの沈黙)
その日
忘れられた教会堂のなか
蜃気楼が舞い立ち
過ぎ去っていったのを
風は見ただろう

 

| 既刊詩集『眠る理由』 | 21:55 | - | -