ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
来ない電車
――どれが空で どれが地面なのか
  どれが山で どれが自分なのか
――雲に向かって飛んでいるような
  幻覚とも夢ともつかない‥‥ ※
雨に煙る市電のステーションに女の子が立っている 傘をさしても雨はあしもとから わきから降りこんでくる 彼女はそこで来ない電車を待っている 電車には彼が乗っているような気がしてならない 何分 それとも何年待っただろう そのうち彼女は彼がだれであったのか なぜそこにいるのか わからなくなってしまう
今 机の向かい側でFaxの返信を走り書きしている少女
それは十四歳の〈彼女〉ではなかったのか?
チキンナゲットにフライドポテト
部屋中に匂いを蔓延させて180℃の油で揚げている
育ち盛りの十二歳の少女は?
少しませたコミックスを読み耽り
この夏読書感想文量を飛躍的に伸ばしつつある
八歳の女の子は?
あれから〈彼女〉はどこにいったのか?
ドアというドア 窓という窓を閉め切って
季節はずれの台風九号に押し込められて
この家はにわかに極地的状況
そのなかを
〈彼女たち〉の騒めきと身じろぎが
不定方向にひしめいて
母親は数時間前から白い紙お上で遭難している
落ちてゆくような 舞い上がってゆくような
くるめく思いの乱反射のなかで
来ない電車は
実は誰でもなかったことに
気づき始める
                   (※)大島弓子『LOST HOUSE』より

 

| 既刊詩集『眠る理由』 | 14:10 | - | trackbacks(0)