ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
グラス一杯の水
足うらのかいかんから覚めやらぬうちに
あなたはこう つぶやいた
「濃紺の闇が いつか閉じる前に」
あなたの左手の指先が
別の誰かのそれのように 感じられるとき
わたしはたぶん あなたをいとおしくなる
いつか二人で行こうと言っていた
海の向こうの
街の名前は 思い出せない
シャワーを浴びたあと
パジャマもはおらずに ペンを走らせる
からだの芯が 夕やけのようにほてっている
もうひとつの部屋では
ほうしんしたようなあなたが
むらさきいろの煙に いくえにも抱かれているだろう
こんなふうにまた誰かと出会えるのは
どんな風が吹くときなのか
くうきは のうみつなジャスミンの香を ただよわせて
せせらぎのむこうで
バイクの爆音が夜のらせん階段をのぼりつめて 消える
あなたはグラスに 一杯の水を飲み干す

 

 

| 既刊詩集『眠る理由』 | 17:52 | - | trackbacks(0)