ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
夏のまひる
わたくしがその街に行ったのは、そんなまひるのことであった。
その街に行くときのわたくしがどんな心持ちであるのか。行きや帰りの座席の上で何をおもい、何をおもわずにいるのか。わたくしがその街への電車に乗るときにきまってすることといえば、プラットホームの3番の印の前に立つということだけで、わたくしがどうしてときおりその街に行くのかと問われれば、あいまいでとらえどころのない風景が、夏のまひるのかげろうのようにさわさわと立ちのぼっていったことでしょう。 
その日は微熱のようなけだるさがすっぽりと街をつつみこんで、巨大なぬるま湯の水槽のなかをゆっくりとたがいちがいに足を運ぶように進んでいたわたくしがたどり着いたのは、三十年前のHong Kongのアパートの一室で、たしか九竜地区の入り組んだ路地と路地のすきまに、ビルと階段と屋台の匂いと人々のざわめきがひしめいて、わたくしは狭い階段を上りながら、そこを下りつつある一人の男とすれ違ったようなのであるが、どこか見覚えのあるその男の名前すら発語できないことにいちまつのいらだたしさとさびしみを覚えながら、アパートの廊下や路地の曲がり角で、その男といくどもいくどもすれ違ったのである。その男をさいごに見失ったのは、熱帯の朽ちた寺院の苔生した回廊の上であったけれど、その時じかんはとまってしまい、わたくしは汗ばむジャングルの奥にひそむ、宮殿の忘れられた石の穴から生え出る、名もなきひともとの草となって、その男の名前をまひるの風のように叫びつづけたのである。
                 (※)映画『花様年華』に寄せて

 

  
| 既刊詩集『眠る理由』 | 19:45 | - | -