ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
Soul Mate

その映画では

すべてが初めから失われていた

流れてゆく場面は

肉体という器を失ってしまった

彼の記憶 あるいは

浮遊する意識のかけらなのだった

どの場所にでも どの時間にでも

束の間に繰り返し

飛び立つことのできる

とうめいな器

思い描いたことが

その瞬間に目の前に広がってゆく

不思議な世界

(彼は彼女が描いた油絵の中を歩いていた)

そこで生き生きと息づいていたものたちの

今は失われた

温もりと香りと身じろぎ

懐かしい家 家族の顔 耳の長い犬

ある朝の食卓の

子どもたちが食べ残したベーコンエッグの皿と

戻ることのなかった車の舞い上げた砂埃

そして その子たちの母親であった女性の

笑顔と 涙と 忘れがたい言葉

触れても 囁いても

それはすり抜けてゆく

愛は

形あるものの中をすり抜けてゆく

その映画では

男の望みは

時間のように純粋に流れていった

愛するものたちと ふたたびめぐり合いたいという

 

たとえ生まれ変わっても

えいえんに耐えられるほどの

 

望めばかなう

夢のような話だが

ひとつの物語のなかでは

ひとつの真実なのであった

 

 

      ※ ヴィンセント・ウオード監督映画『奇跡の輝き』(1998年)に寄せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 既刊詩集『眠る理由』 | 14:58 | - | -