ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
新しい枕

その日私は北に旅立った男のことを考えながら

おそく目覚めた

 

古いレコードにスプレーをかけて

三十三回転で回しながら紅茶をすすり

父を弔う詩がうまくできなかったとしても

父という人がどういう人であったか どんな思い出を残したのか

夕べの食卓を囲みつつ

ときおり家族と話したりしている

以前より 夢というものを見なくなったのは本当だ

誰かの夢に父が出てきたら

「どんなふうだった?」と聞く

実のところ そんなにおセンチな気分じゃあない

そんなに 寂しいです とか

ただ私はこんなふうに父に育てられた

「鉄仮面」と呼んだ厳しい顔 冷たい背中

跡取りの男の子が欲しくてたまらなかった本家の長男

けれど孫たちが生まれてからは

不思議なくらい 優しい静かな人になっていった

 

自分を捨てた実の父を慕い続けた

『延安の娘』に涙したのは本当だ

バイオリニストの道を閉ざしてまでも

育ての父を追った『北京バイオリン』も

祖父の愛を取り戻すために鯨の背中に乗った

『クジラ島の少女』も 美しい物語だ

父は今度は  誰の夢に訪れるだろう

家中の枕と枕カバーを新調しよう

 

旅立った男からの 便りはない

 

 

 

| 既刊詩集『スクラップ―に捧ぐ』 | 14:42 | - | trackbacks(0)