ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
『クンドゥン』  

クンドゥンを見た日

枯れた蔦のからまる喫茶店の二階では

足の壊れたテーブルを囲んで

10人の男女がとうめいな水瓶に思いをめぐらせていた

 

赤く耀く法衣の クンドゥンを見た日

待ち時間に45分遅れた旧友は電話の向こうで眠り続けたまま

ビルに棲む一羽の鳩も

彼女を目覚めさせることはなかった

 

湖にたたずむ クンドゥンを見た日

駅から降りる夕暮れの階段では中年の女性がパタリと倒れ

ふと見ると 階段の向こう側にも若い男がパタリと倒れ

人々は鼻と口を覆って 足早にその場を立ち去っていった

 

インドの白い峰から クンドゥンがチベットの峰を見遥かしたころ

誰かのメッセージがFaXの電光の中で途切れ

インフルエンザで痛む子どもたちの額の上に

母親たちの手は 雪のように降り積もっていっただろう

 

その夜

ガラパゴス諸島に流出したタンカー一杯の石油は どうなったのか

マグニチュード7.9に揺れたインド西部クジャラート州の人々は

どんな夜明けを迎えようとしていたのか

 

 

       ※『クンドゥン』

             マーティン・スコセッシ監督の映画。1997年アメリカ合衆国。

 

 

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