ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
『Timeless Naight』によるImprovisation

 1 Run

 

走っている

駆け抜けてゆく

今 あの街角を過ぎた

信号機の点滅は見なかった

白いバンが右脇を掠め去った

走っている

息が 少し荒くなる

拳の中が

腋の下が

うっすらと汗ばむ

走っている

走っているのは たぶん〈時間〉だ

犬のように追いまくられて

景色が苦笑いのように ゆがんで

うしろにうしろに 飛びのいてゆく

からだが

じぶんのもののようでなくなる

ひと足ごとに

地面が打ち返してきて

(ドミノ倒しのような

 今。イマ。イマ。‥‥‥

そのうち

あすふぁるとの下でねむっていたものが

むっくりと起き出し

わたしのものだったあしうらを つよく叩く

 

走っている

立ち止まらない

走っている

立ち止まれナイ

 

 

 

 2 時の鐘

 

心の中に ドアがあるとしたなら

それがある日 気がつくと

開け放されたままになっていたとしたなら

蝶番の錆びた 

一枚のドアの 内と外を風がめぐって

しきいの上の見えないレースは

かよう風ごとに ゆっくりと揺れて

そこから心の襞が

潮騒のようにひろがってゆく

ときおり

忘れられた写真立てをすりぬけて

時の鐘が鳴る

じゃらん じぼ じゃらあん と

それは みずからの響きに驚きでもするかのように

するりと 襞の奥にすべり込む

風がかよう道の

水の紋のような空気の膜――過ぎ去ったものたちが

ゆっくりとかたわらを行き交う

ちぎれたシーツのように

日めくりははためき続ける

いっしゅん 野の香りがして

とおい 唄声

 

(しずかさの中で

 あなたの見ているものは

 銀の鈴や

 小鳥のさえずりのような

 かすかな風になる

 

(泥をこねるように

 らせんの奥に広がってゆく

 水のせせらぎ

 こぽこぽと花開いていった

 空気のなかの見えない小石

 

目覚めれば

暗闇の底をながれてゆく月の雫の下

〈時間〉がゆっくりと伸びをして

小躍りを始めていた

あなたの中で

見知らぬけもののように

緑の瞳をぎらつかせてゆくものがあった

 

 

 

 

 

 

 

 

| 既刊詩集『スクラップ―に捧ぐ』 | 17:17 | - | trackbacks(0)