ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
『カンダハール』

 

     その時男は南七階の病室で

         夜に沈んでゆく天井を見つめいた

 

それは一つの幻だ

その時男たちが目にしたものは

パラシュートといっしょに

空から「それ」がふわふわと降ってくるなどと

けれどそれはたしかに「足」に違いなかった

男たちが無くした足

彼らは一本の足しか持たなかった

〈一人前の男が足を失うということはどういうことなのか)

香ばしいパンでもなく

暖かな毛布でもなく

恋しい人の手紙すらでなく

男たちが額に汗滲ませ

杖をついた両腕の血管を浮かび上がらせて

ケンケン足でわれ先に辿り着こうとしたもの

 

 その時女は

 朝九時から午後五時までの勤めを終えて駅へと向かう途中だった

 月も星も見えない青ざめた夜空を ビルの間から見上げながら

 

 折れた左足を括りつけられた男はベッドの上で思ったことだろう

 もう一度この足で歩くことができるのだろうか

 明日の暮らしはどうなるのだろうか

 

カンダハールの男たちが見上げた幻は

朝と夕べごとに女が見上げる 四角い空にもあった

ベッドの上の 眠れない男の夜にも訪れた

 

砂漠の中

一個のパラシュートに押し寄せる

数知れぬ男たちの舞い上げる砂埃

やがて あとには

男たちの食い入るような眼差しと

悲哀とも憤りとも 名付けようのないものが

灰の中の燠(おき)のように

暗闇の底に光った

 

 

            (※モフセン・マフルバフ監督の映画。2001年)

 

 

 

                   

 

 

 

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