ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

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『アンコール・ワットな日々』【3】一人150ドルの旅

 私たちが選んだのは、四泊五日でアンコール遺跡群をゆっくりとめぐるプランだった。娘のJにとっては、初めての海外旅行ということもあり、旅の安全も考えて、専用ガイドと専用車のついたプライベートツアーでもあった。

 そもそも、太平洋の東端で、ユーラシア大陸の西のはずれにある小さな島国に育った者にとって、「自国を出る」というのは、いくぶん特別な感覚や感情を呼び起こすのではないだろうか。世界遺産の映像や本が溢れ、スマホやパソコン上で瞬時に「世界のいたる所の今」を見聞きできるこんな時代でも、海の外にある「外国」に出ること自体がちょっとした冒険にも思える、と言えば大げさだろうか。日本と国交がなく、ビザの申請が必要な国に、頼りない(?)女性二人で行くということに、家族や周囲も、思いのほか心配だったようだし、ガイドブックのトラブル対策としての注意事項は、そんな不安を裏付けるものでもあった。そこには、カンボジアの治安は「長年の内戦で多数の銃器が氾濫」していて、「強盗や殺人などの凶悪犯罪が多発している」と明記されていたからだ。もちろん、どの国に行っても、そこで守らなければならない最低限の注意事項やマナーはあるだろう。アンコール遺跡は神聖な寺院でもあり、肌の露出を避けた服を着なければならず、また、傘をさしてはいけないといったマナーは理解できる。けれど、よほど旅慣れてでもいない限り、予め防護服を着ていなければ(つまり安全性の高いツアーでなければ)とも思えた。

 そして、熱中症対策のためには塩分チャージの飴や帽子などを用意し、盗難に遭わないためにスマホは持たず、レンタルの携帯電話にした。間違っても「お金持ちの日本人」として犯罪のターゲットにならないように、服や鞄なども普段以上にカジュアルにした。そういった用心が有効であったのか、何の事故もなく、あまり不快なこともなく、旅が無事に終わった今となっては、それらの取り越し苦労も笑いのネタでしかないけれども。

 

 さて、準備万端。まだ真っ暗な朝の三時に起きて、岡山市内にある関西空港行きの高速バスステーションへと向かう車の中でのことだった。予め銀行で両替しておいた100ドルのうちの半分を、娘の分として手渡した。そして、一応確認するつもりで、「ところで、予備にはいくら持ってきているの?」と尋ねた私へのJの答えに、思わず声は上ずっていた。「えっ?三千円!?」

 確かに必要最小限の持ち物、動きやすく地味な服装、お買い物ツアーではなく、遺跡めぐりを楽しもうと、つまり、シンプルな旅をしようとは話していた。ツアーの代金には食事代は全部含まれているし、専用ガイドと専用車つきで移動費も要らず、ジュース代やお土産代の他、確かに現金はあまり必要がない。そんな私の所持金は、両替した100ドルと、予備として一万円。一枚持って行ったクレジットカードも極力使わないつもりだった。といのも、台湾でお茶をカードでたくさん買い、後で請求書を見てびっくりしたことがあったからだ。私自身の所持金も多くはないだろうが、それにしても、海外に四泊五日で三千円は少なすぎる。

 ともあれ、車で送ってくれていた夫から不足分を借りて、娘の予備費も一万円とし、一人150ドルの節約旅行は始まった。

 

| エッセイ | 15:27 | - | trackbacks(0)
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