ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

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『アンコール・ワットな日々』【5】シェムリアップへ

 八時半に関西空港に着いて、ベトナムの首都ハノイへと飛び立ったのが十時半。ベトナム航空のフライトアテンダントは、サイドに大胆なスリットの入った民族衣装「アオザイ」をスマートに着こなしていた。日本の南端が太平洋に消え、機内食の時間も終わった。五時間近く雲や海を眺めたり、本を読んだりして過ごす。やがてシナイ半島が見え、メコン川が巨大な蛇のようにうねるデルタ地帯が眼下に広がっていた。飛行機から降りて人の流れのままに入国審査を済ませ、チップ用に20ドルをリエルに両替する。トランジットの待ち時間はショップを見ながら過ごす。ハノイにあるこのノイ・バイ空港は、置いている民芸品などは違っても、ブランド品の店やカフェもあるし、関空と似たようなものだな、と思いつつ長いロビーを歩いてトイレに行けば、トイレもまた日本のそれのように清潔で使いやすい。国際空港というと、どこでも外観も内部も似たような仕様なのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていたら、ソファーに座っていた日に焼けた初老の日本人男性が、その答えをズバリと私たちにくれた。

 実はその人は空港を作っているエンジニアで、このノイ・バイ空港も彼ら日本人の技術によって建設されたのだという。どうりでガラス張りの外観から、現代的で快適なトイレの仕様まで馴染みがあるわけだ。こういった空港をその方たちはいくつか手がけてきたらしい。私たちがこれからアンコール・ワットに行くのだというと、「私も何度かシェムリアップに行きましたよ」と笑顔を返してくれた。そして、これから行くのはインドとパキスタンの国境にある山岳地帯「カシミール」だということだった。団体客か少人数のグループ客が多いロビーの中、珍しく一人旅のようで、いかにも旅慣れたような雰囲気の方だった。何気なく声を掛けさせてもらったのだが、偶然とはいえ、そんなお話も伺えて、これからの旅の楽しみが一層ふくらむような気がした。

 十五時半にハノイを発って、一時間四十分でカンボジアのシェムリアップ空港に着く。腕時計のネジを回して、二時間ほどの時差を正す。着陸前に飛行機が旋回していたのが、アンコール・ワットを始めとした巨大な遺跡群の上だったことは後で知る。カンボジアの面積は日本の九州と四国を合わせたぐらいだという。それにしても山がない。のっぺりとした平原で、飛行機の窓から見た山も丘のようだった。シェムリアップ空港は伝統的な木造建築風の建物で、奄美大島の名瀬空港のようなローカルさを感じた。ロビーには、バスではなく徒歩で十分だ。スコールに濡れた道を歩く私たちを、夕陽が朱に染めていた。

 

 入国審査のエリアにはやはり軍服姿の係員がいた。手荷物検査のゲートを私が潜った時に、ブザーが鳴る。女性係員にチェックされるが、ジーンズに付けていたベルトの金具に反応したらしい。その場で慌ててベルトを外したら、男性の係員に思いっきり笑われてしまった。軍服を着ていても笑う時には笑うんだ、と恥かしいながら妙にほっとする。

 スーツケースも無事受け取り、外に出ると、クリーム色の制服を着たガイドの男性が待っていた。挨拶を交わして、十人乗りくらいの白いバンに乗り込む。「他のツアーの人たちは?」と聞くと、私たちだけだという。つまり、ツアーにもかかわらず、雨期の初めであるこの時期は観光シーズンのピークではないので、私たち二人で個人旅行のようにガイドさんと専用車を独占できるらしい。

 そして、お腹は出ているが、気さくな笑顔のガイドのMさんは流暢な日本語を話した。これなら、うろ覚えのクメール語や英語を使わなくても済みそうだ。Mさんと話しているうちに、窓の外のシェムリアップの町の日は沈んでゆき、国道6号線沿いのホテルに到着した。

 軽食をとって、シャワーを浴びる。もちろん、お湯も出る。六階の窓の外、隣のホテルのヤシの木の影が濃くなり、車とオートバイの喧騒が夕靄のように淀んでいる。「暗くなったら、外に出ないように」という、Mさんのさりげない忠告に素直に従い、眠りにつく。

 

| エッセイ | 15:29 | - | trackbacks(0)
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