ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

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『アンコールワットな日々』 【18】夕焼けとスコールのあとで

 アンコールワットの西門は,東門とは打って変わって静かだ。そこで待っていたTさんのバンに乗り込み、プレ・ループに行く。

 「プレ・ループ」は古代クメール語で「人形(ひとがた)まわし」の意だという。主にレンガとラテライトでできていて、ピラミッド型の建物はバンテアイスレイのように赤い。961年に東メボンの建立者であるラージェンドラヴァルマン2世によって、ヒンドゥー教の寺院として建てられた。環濠はなく、門を入ると、火葬の儀式が行われたという石槽がある。アンコール・ワットに比べるとかなり小ぶりに感じられるが、最上階に上がると、四方にジャングルを見渡せ、眺めはいい。中央祠堂を囲むそのあまり広くはない回廊に、白人にアジア系の人,老若男女が混ぜ合わさって、散らばっている。時折小声で話しはしているものの、不思議な静けさのまま、糸人は西を向いて「ジャングルに沈む夕陽」を待っている。残念ながら雲が空を覆っているが、夕刻の陽射しが人々と遺跡をオレンジ色に染めている。カメラやスマホを手にしている人もいたが、この時間と空間をただ味わっているような人もいる。世界を凝縮したように多種多様な人間が静かに混在している様に、思わず「ピースフルだね」と思わず小さく口走ってしまったのだが、それは隣に座っていたタトゥーをした白人男性の失笑を買ったようだ。その若者は元軍人か、あるいは休暇中の現役の軍人だったのかもしれない。それとも彼はジャングルの景色にカンボジアやベトナムの内戦のことを重ねて見ていたのか。平和という言葉はその対語である戦争と繋がる。「海外では政治と宗教についてはタブー」という、旅のしおりの注意事項が頭をかすめる。

 アンコール・ワットの日の出の時もそうだったが、このプレ・ループからの夕陽も、肉眼では見えたような気がしなかった。けれども、帰ってから見たカメラには、雲から顔をのぞかせている輝く太陽が写り、ジャングルと雲の境界には仄かな夕焼けが広がっていた。私たち自身が夕焼けの中にいたから、それはその時眼には見えなかったのか。

 まだ残っている人もいたが、空気の湿度にスコールの気配を感じて、早めに帰ろうと私たちが最上階からの階段を降りていたら、若い白人女系に「日本人ですか?」と、笑顔で声を掛けられた。私たちの会話の日本語が耳に入ったようだ。アニメなどを通して日本に好意を抱いている人なのか。「ええ、そうです」と笑顔を返したが、時間があれば、そんな人たちとも話をしてみたかった。

 

                                                           (【19】に続く)

| エッセイ | 14:44 | - | -