ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
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『アンコール・ワットな日々』 【21】夕焼けとスコールのあとで

 クメール料理を食べていると、ステージの上では幕が上がって、宮廷舞踊アプサラダンスショーが始まっていた。

 踊りの前に、まずは古楽器による演奏があった。太鼓である「サムファー」と「スコム」、「コン・トム」という鐘、「ロニー・エク」(木琴)、「スラライ」(縦笛)といった五人編成で奏でられ、センターの奏者は柳楽優弥(やぎらゆうや)似のイケメンだった。そのうちにきらびやかな衣装を纏った美女が登場して、踊りが始まる。化粧をほどこした女性たちの顔は、目のぱっちりとしたキューピー人形のようだ。少し腰を落としつつ、腕から指先がくねくねとゆるやかに動いて、優美である。あれはスタイルの維持に相当よさそうだ、と感心しつつ眺めていたが、そのショーの間もスコールは続いて、ときおり雷鳴は響き、稲光がレストラン外の暗闇で光る。せっかくの楽の音も、屋根を打つ幾万という雨粒の音で打ち消されそうでさえある。踊りの演目は、伝統舞踊に始まり、歓迎の踊り、『ラーマーヤナ』の「ハヌマーン」の仮面劇や漁師たちの踊り、王朝時代のアプサラダンスなどバラエティーに富んでいた。

 ところで、ポルポト時代にはほとんどの踊り子や教師が殺されたともいい、シェムリアップでは、一人だけ生き残った教師がこの伝統舞踊を復活させたそうだ(『アンコールのモナリザたち』草の根出版会/BAKU斉藤著)。幼子も抱えて、楽団とも踊り子とともにダンスを復活させたというこの本の記述を裏付けるかのように、私たちの側、舞台の前には少女に抱かれた赤ちゃんがいて、舞台上ではその子へ笑顔を送りつつ舞う女性の姿があった。その女性がしばしばこちらの方にとても柔らかな笑顔を向けてくれると思ったら、それはその子に向けての母親としての笑顔だったようである。その女性が天女の舞いを踊り終わるまで、その子は二人の少女にあやされながら、ぐずることも泣くこともなかった。 

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