ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

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『アンコール・ワットな日々』 【23】カンボジア平原を疾走して

 Tさんの運転する、疾走するバンにもどろう。

 道端ではパラソルを開いただけの店をときおり見かけた。日本の粽(ちまき)のように蒸した、棒状のモチ米のおやつなのだという。しばらくして通り過ぎた市場では、食料品のほかに、店頭に180ccのペットボトルが並べられていたが、中身はガソリンらしい。

 しばらくすると、平坦な平野の右手にぽっこりと山が見えてきた。遺跡建築に使われた砂岩の切り出し場であるクーレン山だという。その麓の丘陵地帯、標高70メートルの所にこれから行く遺跡はある。

 ベンメリア遺跡は五大遺跡の一つで、大プリア・カーン遺跡とアンコール・ワットを結ぶ盛土土手道の基軸上にあり、11世紀末から12世紀初めにヒンドゥー教の寺院として建てられたというが、碑文がなく、建築年代は諸説あるそうだ。クメール語で「蓮池」の意だが、残念ながら環濠は干上がっていた(これも、実は雨不足のせいだったのだろうか)。規模はアンコール・ワットと同じくらいで、十字回廊があり、三つの回廊が中央祠堂を囲む寺院形式だという。けれども、アンコール・ワットのような尖塔はなく、平面的に構成されているということだが、残念ながら修復はされていない。

 車を降りて歩き始めると、Mさんが草むらの中の「地雷を除去した」という看板に注意を促した。このように除去されている地帯もあるが、いまだ除去の処理の済んでいない地帯もあるという。

 木立の中の舗装されていない参道を進むと、南側の入り口の門が、象の鼻のような巨大な木の幹に覆われていた。「ガジュマル」という木ですぐに成長するのだという。回廊の壁などはかろうじて残っているが、中央祠堂はほぼ瓦礫に近い。観光用の木製の通用路が設えられていて、その上を歩きながらめぐる。石には苔が生え、蒸し暑さは熱帯のジャングルのようだ。崩れた石のあいだから、ナーガが首を擡げ、デヴァターが微笑む。ある意味では瓦礫に過ぎないのだろうが、アドベンチャー映画で観るような「密林の中に潜んでんで眠り続けている謎の遺跡」というイメージに正しく合致する光景が目の前に広がっていた。

 帰りがてら、やはり猛スピードのTさんの運転が、とある道でふいに停まった。小学生たちの下校時間なのだという。たしかにその建物の門からたくさんの子どもたちが出てきている。女の子はたいがい白いシャツに紺のスカートだが、男の子は白いシャツの下はジャージのズボンなどいろいろだ。靴はサンダルが多いようだ。昼ごはんを食べに家に帰るところで、自転車に乗って自分で帰る子もいれば、親がオートバイで迎えに来ている子も少なからずいて、門の外周辺はとても混み合っている。

「こういった学校や病院なども、海外からの支援でできているのです」とのMさんの言葉に、カンボジアという国の、一つの現実を目の当たりにした思いだった。その後で町なかにある病院の側を通り過ぎると、平屋建ての病院の周りには、オートバイが並んでいて、人々が出入りしていた。朝からたくさん並んでいるのだともいう。

 

 

| エッセイ | 12:09 | - | -