ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森

ニライカナイ 〜川井豊子の詩の記憶の森
<< 『アンコール・ワットな日々』 【24】 | main |
『アンコール・ワットな日々』 【25】森とともに生きる――タ・プローム

 昼ごはんはソカ・アンコールホテルで食べる。ミシェランの三ツ星ホテルにランキングされているそうだが、「もと刑務所でした」とのMさんの言葉に、目の前のきらびやかなホテルの室内や中庭と、刑務所の薄暗い空間が頭の中で二重写しになって、正直なところ、日本食の味はあまり印象に残らなかった。

 その後は、ホテルに帰ってクールダウンする代わりに、オプショナルで冷房の効いた国立博物館へと行った。首都プノンペンにも国立博物館があるが、今回の日程には入っていない。けれども、シェムリアップのほうも結構見応えがあり、遺跡群から発掘された石像やレリーフ、千体の仏像などを間近に見ることができた。

 その後で訪れたタ・プロームは、今回娘が行きたかった場所の一つだろう。12世紀後半、ジャヤヴァルマン7世が母のために造った霊廟寺院で、ベンメリアのように植物に覆われたままの姿で残されているものの、ガジュマルの樹はより一層巨大で、遺跡に絡みついた根も太い。けれども、ベンメリアほどには崩壊していない印象を受ける。というよりも、もしもこれらの巨大な根を修復のために取り除いてしまったら、遺跡自体も崩れてしまうだろう。自然が遺跡を破壊しつつ支えている、あるいは、遺跡が森とともに共存している。その奇妙な有様は、凄まじいほどのインパクトがあるハリウッド映画『トゥームレイダー』(2001年)ともなり、Mさんも背の高いアンジェリーナ・ジョリーを町で見かけたそうだ。アンコール・ワットのように修復された遺跡も見応えがあるけれど、タ・プロームには自然と遺跡がせめぎ合いつつ共存しているような、不思議な魅力が感じられた。

 ちなみに、ガジュマル(榕樹)の巨大なものは、幹の回りが10メートルを超えるともいう。これ以上崩壊が進まないよう、新しい木は除去するなど、自然を整備するために遺跡群で働いている人たちもいるということだ。そんなふうに、私はMさんの説明を聞きつつ、娘のJはゆっくりと写真を撮っていた。彼女が思うがままに撮れるよう、速足でMさんと先に進んだりもした。けれど、Jからすれば、何でさっさと先に行くの?と、思っていたらしい。「タ・プロームでもっとゆっくりしたかった」と、後で言っていたJ には、かえって余計なお世話だったようだ。

 そして、その後に行ったオールドマーケットでの買い物で、彼女の不機嫌はさらに煽られることになる。Jは雑踏の中を市場の奥まで散策したかったにもかかわらず、Mさんが勧めてくれたのは市場入り口の「日本語が通じて、日本円の使える(そして、たぶん安全な)店」で、そこの女主人の横柄な態度にカチンときたようだ。夕食のカジュアルでお洒落なフランス料理店でもいくぶん曇り顔。けれども、日が暮れて、別世界のようになったパブストリートへ足を踏み入れた途端、私たちのテンションはハイになった。

 オープンテラスのパブが並ぶ夜の通りには、観光客が溢れ、にわかのお祭り騒ぎ。団体客より白人のカップルや家族連れが多いようだ。道端には露天の店も並び、市場で不満だったJも楽しんでいるようだ。『RED PIANO』の二階で、ソフトドリンクを飲む。頭の上では、壁に備え付けられたたくさんの扇風機が、昆虫の軍団のようにブンブン回っている。通りを挟んだパブの二階では、カントリミュージックのライブをやっていた。どこも窓を開け放しているので、結構こちら側でも臨場感にあふれてそれが聞こえてくる。「カントリー ロード テイクミー ホーム‥‥‥」誰でも知っているようなスタンダードな曲だ。ほろ酔い気分のままに、思わず私も一緒に口ずさんでいた。

 

| エッセイ | 21:55 | - | -